2025/02/08
現代は情報にあふれている。スマートフォンを開けば、ニュース、SNS、動画、メッセージと、次々に情報が流れ込んでくる。かつての自分も、時間があればニュースアプリやSNSをチェックし、ひたすら情報を消費していた。しかし、ある本を読んだことをきっかけに「情報は受け手の関心を消費する」ことに気づき、情報の受け取り方を見直すようになった。
この記事では、情報が私たちの関心をどのように消費し、生活や家族との関係にどんな影響を与えるのかを考えてみる。
渡辺努 著 『物価とは何か』という本に次のようなことが書かれていました。
「情報は何かを消費する。それは情報の受け手の関心(Attention)だ」
最初に指摘したのは、ハーバート・サイモンです。サイモンは一九七八年にノーベル経済学賞を受賞しています
つまり、情報を受け取るという行為そのものが、自分の「関心」を使っているのだ。この考え方に衝撃を受け、自分の生活の中でそれを実感できる場面があったことに気がついた。
特に分かりやすかったのが、SNSやニュースアプリを使っているときと使っていないときの、自分の子どもへの接し方の違いだった。
・夜、子どもが「見て!これ!」と話しかけてくると、イライラしてしまう
・「疲れているからほっといてほしい」と思う
・子どもに関心を向ける余裕がない
・子どもの話を穏やかに聞ける
・「一緒に遊ぼう」という気持ちが湧く
・子どもの表情や仕草を楽しめる
この違いを何度か試してみた結果、明らかに「情報をどれだけ受け取ったか」で、子どもへの接し方が変わることが分かった。
ここから導き出した結論はこうだ。
「人は1日に使える『関心の総量』が決まっているのではないか?」
「物価とは何か」にもこの限りある関心をどこに向けるかの話が合理的無関心の理論として紹介されています。
朝起きたときは、まだ関心の残量が十分にある。しかし、ニュースを読んだり、SNSをチェックしたり、仕事で大量の情報を処理したりすることで、少しずつ関心が消費されていく。そして夜になると、関心が枯渇し、家族に向ける余裕がなくなってしまう。
これを「関心の時間割」として考えると、1日の中でどこにどれだけ関心を割り当てるかを意識することが重要になる。たとえば、仕事で大量の情報を処理する日は、意識的にプライベートの情報量を減らし、家族のための関心を温存する必要がある。
この体験を通して、私は「何の情報を受け取るか、何の情報を受け取らないかを主体的に選ぶ必要がある」と感じるようになった。
何も意識しなければ、スマホを開くだけで無限に情報が流れ込んでくる。しかし、それをすべて受け取っていると、自分の大切なこと(家族、仕事、趣味など)に向ける関心が枯渇してしまう。だからこそ、情報との付き合い方を見直し、関心を適切に配分することが重要だ。
まだ考えを深める余地はたくさんある。
・「関心の時間割」をどう作ればいいのか?
・年齢とともに「1日分の関心の量」は減るのか?
・関心を増やす方法はあるのか?
これらについても、今後考えを整理していきたい。また、自分の感情をメタ的に観察し、日々の気づきを記録していくことも大切だと感じている。
・情報を受け取ることは「関心」を消費する行為である
・1日分の関心には限りがあり、少なくとも自分は、無意識に使い切ると家族に向ける余裕がなくなる
・ニュースやSNSを減らすと、子どもに穏やかに接することができた
・何の情報を受け取り、何を受け取らないかを意識的に選択する時代が来ている
これからは、情報の受け取り方をより主体的にコントロールし、「大切なものに関心を向ける余裕」を持てるようにしていきたい。